心は磁石

夫の涙  

 中小企業経営者向けの、あるセミナーで講師をした時の体験です。その経営者セミナーは夫婦同伴のセミナーで、私は、男性陣のセミナー担当でした。主に経営者の「志」を鍛えるもので、まず心構えを提示し、それについて深く考えてもらい、その後みんなでディスカッションするというスタイルの一泊研修です。全部で10テーマあり、その一つひとつをじっくり考えて、そのあとディスカッションし、深く腑に落として自分自身の経営のあり方を見直していくというプログラムです。  

 初日、3つ目のテーマの思慧を終えて、グループでディスカッションを始めたとき、一人の経営者の方がハンカチを出して涙をぬぐっていました。「さっきから、どういうわけか涙が出てしょうがないのです」といって、自分の発言の順番が来ても、言葉にならない状態でした。その方は、自動車整備工場を経営されているのですが、なかなか経営が思わしくなくて参加されたのでした。奇妙なことに、そのセミナーが終了するまで目を赤くしたままでした。よほど感動か感謝が深かったのでしょう。少なくとも私にはそう見えました。 

妻の涙  

 すべてのプログラムが終了して、控え室に戻ったとき、別室で「経営者の妻の心構え」というテーマでセミナーを行っていた別の講師も戻ってきました。ごく自然に、お互いのセミナーの成果を反省も込めて語り合っていたとき、相手の講師から、「いやー、今回のAさんの奥様はものすごかったですよ。ご主人に対する反省と感謝が深まって、もう感謝・感動の一泊でした。嗚咽しながら、ずーと涙を流し放しでしたよ」と聞いたのです。私は「え?」と思いました。Aさんというのは私の部屋で突然涙を流し始めた自動車整備工場の経営者の方で、別室の「妻の心構え」で涙を流していたのが、そのAさんの奥様だったからです。  

 「その奥様が涙を流し始めたのは何時ごろでした?」と聞きますと、午後3時ごろかなといいます。ちょうど私の部屋で、ご主人であるAさんがハンカチを出して涙を流し始めた時間です。私は納得がいきました。以前から、このご夫婦は夫と妻の力関係が逆転しているのを知っていたからです。そして、問題は奥様にあると気づいていたからです。じつは、経営する自動車整備工場も奥様の実の父親が創業したもので、それを婿養子であるAさんが引き継いだのです。だから典型的な婿養子タイプの夫婦で、妻が実権を握り、体も声も大きく、いつもご主人を尻に敷いていたのでした。その男勝りの奥様が深く反省して、ご主人に感謝ができるようになったというのですから、これは大きな驚きです。 

妻の反省の効果  

 事実、この研修後、明らかに奥様は謙虚になりました。「まったく私が間違っていました。本当に主人に対しては小ばかにしていたところがあったのです。男らしさがない、力強さがない、決断力がない、と心の中で責めてばかりいました」。その間違いに気づいたのです。奥様が謙虚になると、不思議とご主人の行動に自主性が出てきました。積極的にコストを下げるための経費節約をし、社員に対しても明るく声をかけるようになりました。すると、社員たちも顧客に対して「その後、自動車の具合はいかがですか」と、すすんで電話がけをするようになったのです。「おかげで、お客様も増え、売上も伸び始めました。さらに、うれしいことに、いつも反発しあっていた二人の娘がとても仲良くなったのです」。このご夫婦の喜びはひとしおでした。 

共時性  

 ここにあるのは、心の世界の不思議です。あるいは心の世界の神秘といっていいかもしれません。婿養子として、いつも弱気で、消極的でおどおどしていた経営者が、奥様の深い反省と感謝によって、ひとり立ちすることができ、会社の経営内容も良くなり、家族間も平和になったのです。奥様の深い反省と感謝が別室のご主人に伝わり、さらに家族全体にこのような成果を生み出したのです。心理学者のユングはこのような現象を「共時性」と呼んでいます。同じような現象が、全く同時に別の場所で起こることをいうのですが、ユングはこれは偶然ではなく法則であると洞察しました。 

繋がっている心の世界  

 似たような話は、他にもあります。ある若い女性から相談を受けました。「主人が浮気をして、家に戻ってこないのです。私は一生懸命に尽くしているのに、主人は全く見向いてもくれません」。この女性は、浮気をして自分を苦しめるご主人を責めるばかりです。まだ子供もいないということなので、私は、彼女が通常家にいて何をしているのか尋ねました。すると、彼女は小説家の卵で、家でずーと小説ばかり書いているというのです。しかも、不倫小説や三角関係の葛藤など、そんなものばかりを書いているのでした。彼女は自分の心の中に、すでに色情地獄をつくっていたのです。その波動がご主人に伝わっているのは明らかです。「あなたは馬鹿だ。あなた自身がその種をまいているんだ。もうそんな変な小説を書くのはやめなさいそして、もっと清純なことを考えるようにしなさい」と厳しく言って、『クリスマス・キャロル』や、『素晴らしきかな人生』というビデオを観ることを薦めたのです。彼女は深く反省しました。涙を流して反省しました。すると、一週間もしないうちに、ご主人が「家の飯が食べたくなった」とふらっと家に帰ってきたのです。 

重重無尽  

 ところで、こういうことに関して仏教では、「大宇宙に網のようなものがかかっていて、人間というものはその網の、縦と横の網が結び合わさった結び目なのだ」、という考え方があります。これを「重重無尽(じゅうじゅうむじん)」といいます。ここに書いてきた「婿養子を取った我の強い妻の話」「不倫小説ばかり書いてきた妻の話」もまさに重重無尽です。すべて人間の心は繋がっているということの実証です。ある意味で、ユングが洞察したことは、すでに2600年前に釈尊が見抜いていたということかもしれません。 

心は磁石  

 『スピリチュアル・マーケティング』(ヴォイス社刊)という本があります。これは、「ビジネスのマーケティングにはスピリチュアルな要素(心の法則)が働いていて、心は磁石のごとくにお客を引き寄せ、またお客を引き離す」ということを実証している本です。いま、ここに紹介した話も、まさにスピリチュアル・マーケティングの実証です。じつは、ミッション③のヘアーサロンの繁盛の話も、ミッション⑧のY薬局の繁盛の話も、すべて心の法則そのものなのです。スピリチュアル・マーケティングそのものなのです。「心の世界はすべて繋がっている」という前提があるからこそ、いろいろなものを引きよせるのです。  

心はマイナスもプラスも引き寄せる  

 結局、心は磁石ということですから、マイナスもプラスも引き寄せます。自動車整備工場の妻が、我が強くて夫を尻に敷いていたとき、主人は自己確立ができないでいました。二人の娘たちも仲が悪くて困っていました。しかし、妻が目覚めたとき、すべてが好転しました。マイナスの磁石がプラスに変わったのです。  

 同じように、不倫小説ばかり書いていた妻からは、マイナスの波動が出ていたから、夫が浮気をしていたのです。しかし、彼女が反省をしたときから、波動が変わりました。プラスのものを引き寄せるようになったのです。 

 まちづくりにおける関係者の合意形成とは、まさにこういう世界を日々経験しながら進行していきます。コンサルタントとしての自分の心次第でどうにでも展開していくものです。 ある意味では、まちづくりコンサルタントというのは、まちづくりに対して目に見えない大きな責任を負っているといえるでしょう。


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