究極のシンクロニシティ
前回に続いてシンクロニシティの話です。というのも、シンクロニシティは、ELC JAPANのポリシーだからです。シンクロマーケティング、シンクロマネージメントは当社の中心概念だからです。
何年か前に、上諏訪駅前の再開発事業を視察する機会がありました。20数年前には、核テナントを誘致しない画期的な事業モデルともてはやされましたが、そのときはもう無残にシャッターが下りている区画もあり、人出もまばらでいかにも衰退ビルという感じでした。観光客が上諏訪駅で降りるのでなく、茅野駅に降りて上高地や蓼科に向かうという時代の変化のほかに、車社会になって諏訪市の若年人口が隣の茅野市のほうに移動してまった、という都市構造も影響しているのでしょう。以前の面影はありませんでした。
そのとき、私の友人の紹介で、上諏訪の近くにあるペンションの経営者の奥さんに会うことになっていました。とてもユニークな体験をされた方だから、一度あってみるといいですよと、紹介されたのです。これからの話は、その友人から聞いていた話をさらに再度、直接、本人から聞いた話です。 そのペンションは、以前大阪でサラリーマンをやっていたご主人が脱サラで始めたペンションで、Mさんが料理や接待のすべてを任されているのでした。一見、楽しそうにやっているように見えたペンション経営ですが、意外にも悩みを抱えているのでした。Mさんは、友人に次のような悩みを打ち明けたのでした。
ペンション経営の悩み
Mさんはご主人と彼女の両親と移り住んで、ペンションを始めたのですが、なかなか思うようにお客様が来ない、ということで、最初のうちはけっこう、厳しかったのです。「どうやったら、お客様に来ていただけるか」「お客が欲しい、お客が欲しい」ということで、かなり心は「貧欲」になっていました。
しかし、段々とコツがわかってきて、ある程度経営が、うまくいき始めたのですが、唯一の悩みは何かというと、Mさんのお父さんの問題なのでした。
お父さんは月に1回か2回、必ずヒステリーを起こして、台所で食器を壊したり、机をひっくり返したり、嫌がらせをするのです。特に、週末に東京あたりからお客様が来ておられて、クラシック音楽がかかって、フランス料理を出しているような、そういう時に限って、嫌がらせをするのです。台所で、ガチャーン!と食器を壊したり、わざと音を立てたり。
そうすると、「ああ、このお客様は、もう2度と、うちにはこないだろうな」と、心がヒヤッと冷めてしまいます。 そういうことが、必ず、月に1回か2回は起こるのでした。
そうした頃に「どうしたら、いいでしょうか」という相談を、私の友人は受けたというのです。 友人は次のように答えました。一つは、 「あなたは、自分の都合のために、お父さんの心を変えようとしている」ということ。 それから、もう一つは、 「ある問題が起こった時に、一番苦しむ人が、その原因を作っている可能性が高い」ということです。
彼女は、その話を聞いて不満げでした。しかし、その日、彼女は家に帰ってよくよく反省したといいます。以下は、その時のMさんの心境です。
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被害者意識という名の「とらわれ」
私は、確かに、父の心を変えようとしていた事に、気がつきました。それは分かったのですが、でも「一番苦しむ人が、原因を作っている」ということは、納得出来ませんでした。ペンション経営の当事者である自分。それに対して、迷惑を受けている自分。そして、そういう迷惑を作る父。一番苦しんでいるのは、自分なのです。だけど、どうして自分が原因を作ったのか。
というのも父が、月に1回か2回、ヒステリーを起こすのは、実は、父は、両方の耳が聞こえないからです。耳が聞こえないから、時々ストレスが溜まって、物を壊すのです。しかも、父は、6才の時に耳が聞こえなくなったのです。3才の時に、中耳炎の手術を失敗して、右の耳が聞こえなくなりました。それから、6才の時に、また中耳炎で、今度は左の耳が聞こえなくなったのです。6才で、もう両方の耳が聞こえなくなったという、身体障害者になってしまったのです。
そしてずっと、大きくなって、幸い、結婚もできて、そして、私が生まれて、育てられたのです。ただし、育つ過程で、やはり父は、非常にヒステリックな方でした。私はいじめられて、体罰を受けて、虐待されるようなかたちで、育って来たのです。だから、父親に対して、憎しみこそあれ、親しみなど、全く感じなかったのです。 「自分は、被害者だ。自分が原因を作っている?とんでもない!むしろ私は、父の原因によって、結果を受けている立場だ。」
最初は、そう思ったのです。自分に原因があるとは、とても思えませんでした。はじめは、それ以外は考えられませんでした。その考えに凝り固まっていたのです。
不幸と見える現象をどう理解するか
しかし、帰って、ずーっと、夜、反省してみました。
自分に原因があるのだろうか。一番苦しんでいるのは、自分。どうしたらいい。
ずーっと反省していった結果、ある場面が思い出されました
それは、父が小さい時に、2人のお兄さんがいたのですが、そのお兄さんから、いじめられている父、馬鹿にされている父でした。そのイメージが、パッと浮かんだのです。
その瞬間、私はハッと理解しました。 「お父さんは、いじめられてきた人なんだ。お父さんは、愛されてこなかったんだ。つらーい人生を歩んできた人なんだ」
それが理解できたのです。その瞬間、私は、ドッと涙を流しました。 「申し訳なかった。私以上に苦しい人生を歩んできたのは、お父さんだったんだ。」 そう理解できたのです。そして懺悔の涙を、ずっと流し続けました。数時間、流し続けました。そしたら、やがて感謝の涙に変わっていきました。
そういう人生であるにもかかわらず、自分を育ててくれた父。それに気づかなかった自分、そういう愚かな自分に気がついたのです。
泣き続けて一晩開けて、翌朝、私が台所で食器を洗っていたら、父が何気なく横に立っていて、フキンを手に持ち、「何か手伝おうか?」と、言っていました。
父が家事を手伝おうかと言ったのは、生まれて初めてです。
私の心が、父のそういった悲しい心を理解した瞬間に、父がコロッと変わってしまいました。
私はそのころ、その地域の班長をやっていて、会合があって、その日、外へ出かけていたのです。そして、夕方帰ってきたら、父は、ペンションの庭を、ひとり黙々と掃除をしていたのです。
今まで、たったの一度だってペンションの庭を掃いてくれるなんて無かった人が、自らそうやって、掃いてくれるようになったのです。
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理解は許しに通じる
つまり、Mさんの心が変わった瞬間、お父さんの心が変わった。何も声をかけたわけじゃないのです。何も、働きかけをしたわけではないのですが、心が変わったのです。お父さんの悲しい心が深く理解できた瞬間にお父さんが変わったのです。ここに深い心の共鳴、深いシンクロニシティを見ます。
友人から聞いていた話を、私は再度じかに聞くことができて、とても感動しました。
結局、不幸のひとつは、理解できないところから、始まります。自分と意見が合わない人の、考え方、生き方というものもありますが、それらが理解できると、すべて許せるのです。
相手の心が理解できないから、許せないのです。反発するのです。あるいは、憎しみを持ったりするのです。
数ヶ月経って、このMさんが、私のところへお手紙を下さいました。どんな手紙かといいますと、 波及効果の連続
その後の経過を、お知らせしたいと思います。
今、父の自己変革が、どんどん進んでいます。
「困らせてやろう」が、「役に立ってやろう」に、変わりつつあります。 時々、不調和な事もありますが、「ありがとう」という言葉が、圧倒的に、増えました。また、母に、とてもやさしくなりました。私は地域の班長をしているのですが、班の人たちにも奇蹟が次々と起きています。
○Aさん
「私はもう、お迎えを待つばかりだ」と言っていた、寝たきりのお母さんに、明るい笑顔と言葉かけで接するうちに、だんだん良くなり、「もう医者には行かない」と意地を張っておられたのが、毎週通院し、腰は曲がっていますが、歩けるようになりました。その速度も、今では普通の人と、同じ速さで歩けるのです。
○Bさん
痴呆症の姑さんは、手のつけられない状態だったのですが、Bさんが、仕事を辞め、付きっ切りで看病された結果、排泄の感覚が麻痺していたお姑さんは、トイレで用を足せるようになり、Bさんの言うことも、通じるようになりました。 その後、この人は、痴呆症が治って、近所の方々と会話ができるようになりました。
痴呆症解決のコツは、「やさしく言葉をかけ、抱きしめてあげること」、と言うのです。痴呆症は、普通治らないと言われています。特に、アルツハイマー型の痴呆症は治らないと言われています。ところが、これは治ったのです。コツは何かというと、やさしく言葉をかけ、抱きしめてあげることだそうです。
究極のシンクロニシティ
その後、Mさんのペンションでもお客様が増えて増えてしょうがないという現象が起こり始めました。シーズン・オフで、他のペンションはガラ空きなのに、「うちだけ、何でこんなにお客様がくるんだろう」というぐらい、集まり始めたのです。何の営業もしないのに、東京の旅行代理店からどんどん予約が入り始めたのです。 「不思議です」と言っていました。
こうして、父親のシンクロから始まって、地域のシンクロ、そして経営のシンクロが起こり始めたのですが、 ここから学ぶべきものは非常に多いと思います。
結局、自分の幸福も、家庭の幸福も、地域の幸福も、そして会社の繁栄も、すべて繋がっていて、自分自身の自覚、覚醒から始まるということです。ある意味で、自分の環境というのは、じつは自分で創りだしているのかもしれません。 たとえ、自分には原因がないと思うことであっても、自分の問題と捉えて努力すると、思わぬ成功の道が拓けるということです。
これは、松下幸之助氏が言っていた「事の成らざるは自分にあり」と同じことです。(「決断の経営」PHP文庫)
そのようなことに気づくこと、これは最強の事業戦略、最高の経営戦略です。
何の経営資源も要らない、何の投資も要らない、何のコンサルタントも要らない、何のコンピューターソフトも要らない。唯一、自分の心の神秘な力に気づくこと。そしてそれを実践すること。
ありがたいことにこれは、誰にでもできること。そしてすぐにできること。唯一決意さえあればできることです。この技術革新のディジタルの時代に、人間の力の、何と神秘的なことでしょう。
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